2011年12月5日月曜日

車道走行で自転車事故は増えるのか


テーマはタイトルのとおりですが、長文なので結論を先に書いておきます。

車道走行の徹底によって自転車対クルマの事故は減る可能性が高いだろう。
ただし高齢者が歩道を走り続ける限り死亡事故数の変化は限定的。
車道走行徹底をステップとして自転車レーン拡充の気運を高めたい。


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きっかけはTwitter、@endohiromichi さんという方のツイート。

自転車にはねられて死ぬ歩行者は年間5人、車にはねられて死ぬ自転車の人は年間584人。なのに自転車は車道を走れというのは、全く理解できない。木を見て森を見ず、としか言いようがない。 http://ow.ly/7pfar


警察庁が自転車の車道走行徹底を図るとアナウンスしたことに対して、対歩行者よりも対クルマの自転車死亡事故が多いのだからむしろ歩道走行を義務化すべき、という趣旨だ。

確かに死亡者数は5人だが、歩行者と自転車の事故はこの10年間で1.5倍に増えており(2000年1,827件→2010年2,760件)自転車の歩道走行義務化など論外である。
が、車道を走ったらクルマとの事故が増えるのではという心配も理解はできる。そこで僕はこう返した。

その事故の7割は自転車が歩道から交差点に出たとき気づかなかった自動車との間に起こるんです。 http://nifty.jp/tbQCyx


自転車とクルマの事故と聞くと「車道を走っていた自転車がクルマに接触または追突された事故」を思い浮かべるかもしれないが実態は異なりますよ、ということだ。

氏とはその後Mentionのやりとりがあったのだが、僕に認識違いがあったり(自転車の死亡事故の7割が交差点で起きているのは確かだが、全てが歩道走行からではない点など)、説得できるだけのデータを提示できず、何となく結論が出ず終わってしまっていた。

ので、調べました。

まずは警察庁発表の「平成22年中の交通死亡事故の特徴及び道交法違反取締状況について」35ページに状況別の自転車対クルマの死亡事故件数が載っている(並び順は原典のママ)。

状況死亡事故数構成比
1 正面衝突325%
2 追突7212%
3 出会い頭32153%
4 追越・追抜時152%
5 進路変更時81%
6 すれちがい時20%
7 左折時498%
8 右折時498%
9 横断時315%
10 転回時00%
11 後退時10%
12 その他224%


このままでは定義がよくわからないので、警察庁&警視庁に電話して確認してみた。
回答によると、「交差点での事故」に該当するのが3,7,8番。「自転車が車道を走っていてクルマに接触または追突された事故(以下「車道走行での事故」といいます)」が2,4,5番。
この分類に従って括り直すと次のようになる。



@endohiromichi さんが思い浮かべるような事故は95件、死亡事故全体の16%でしかない。

車道走行徹底でこの種の事故は増えるだろうが、その増え幅よりも、歩道走行が減ることによる交差点の事故の減り幅が大きければ、総件数は減ることになる。

では、車道走行での事故の6倍強にあたる419件、全死亡事故の7割を占める交差点での事故のうち、どれほどが自転車の歩道走行から発生しているのか?
全件調査ではなく都内の一部の交差点でのサンプル調査ではあるが、こちらの本に記載があった。




以下に117〜118ページから本文を引用する(各数値は著者が警視庁事故データから作成とのこと)。

信号機のある交差点の事故発生箇所を示した図3.9によると、ほとんどが、歩道から横断歩道に進入したと思われる場所で起こっており、車道から直線的に交差点に進入したと思われる箇所ではほとんど見られない。

また、信号機のない交差点では、出会い頭事故について、歩道から交差点に進入した自転車の事故が約9割(71/79件)、<中略>車道から正規の左側通行で進入した自転車の事故は0%である。

また、左折事故(まきこみ事故)について<中略>歩道から交差点に進入した自転車の事故がほとんど(25/26件)である。


あくまでサンプル調査だが、信号機のない交差点では、お互い直進していた状況でも、クルマが左折しようとしていた状況でも、90%以上が自転車の歩道走行から死亡事故が起こっている、ということ。
信号のある交差点では「ほとんど」とあるが、こちらも相当に高いと考えてよいだろう。

多くの人の直感に反すると思うが、相対的に「車道走行は怖いが安全」「歩道走行は怖くないが危険」が事実なのだ。
いずれも歩道と車道の区別のない道での発生率が不明なので確答はできないが、こうして見る限り車道走行を徹底すると、交差点事故の減少 > 車道走行事故の増加 となり、事故の総件数は減少する可能性が高いのではないだろうか。

ただし、ここでもう一つ検証すべき視点がある。「年齢」だ。

財団法人交通事故分析センターの資料(閲覧には会員登録が必要)に、2009年における年齢層別の自転車死亡事故のデータがあった。

年齢層死亡事故数構成比
65才未満25036%
65才以上44564%


自転車事故の死亡者の3分の2は、65才以上の高齢者なのだ。

警察庁は方針として高齢者には歩道通行を認めるとしており(僕もやむをえないと思う)、多くのお年寄りは「今までどおり」歩道を走るだろう。
そして「今までどおり」交差点でクルマと事故が起きるだろう。
お年寄り以外の事故が減っても、6割強を占めるお年寄りの死亡事故が大きく減らなければ、全体としての減少幅は小さい。それが冒頭に書いた「限定的」の意味だ。

いずれにせよ、最終的に望ましいのは「自転車レーンの拡充」だ。
レーン拡充が先か車道走行が先かというニワトリとタマゴの議論があるが、レーン整備を待っていてはおそらく永遠に何も変わらない。
まずは車道走行の徹底を進めて、自転車レーンが真に望まれる気運を高めるのが先決であると思う。

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産経新聞編集委員による記事魚拓1 魚拓2)で車道走行は危ないってんだけど、具体的なデータはなんもない。もうホントに、なーーんもない。すげえな。

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冒頭の写真は砧公園のイチョウ。


2011年11月28日月曜日

今日のチラ見せ



irukaの開発に時間がかかっている理由の一つとして、他のメーカーだったら気にせず既製品を使うような箇所でも、僕たちが重要と思うパーツは独自開発を進めている、ということがある。

例えば、走行状態のときに折りたたみ箇所を固定するロック機構。
安全性が重視されるのはもちろんだけど、折りたたみ時/展開時に直接触れる部分なので、使い勝手の良し悪しによって自転車全体の印象を左右する重要なパーツだと思っている。

ダホン(台湾の最大手折りたたみ自転車メーカー)など独自の機構を開発しているブランドもあるが、日本の折りたたみ自転車の多くはメーカーが中国の工場から出来合いの車体を買い付けて適当なシール(クルマブランドとかね)を貼って売ってるだけのものなので、大半が使い勝手は良くないが安価で製造も簡単な、レバーをくるくる回して締め込むかクイックリリースで固定する機構が用いられている。

irukaはロック機構だけで20パターンくらい考えてきたかなあ。
そのうちいくつかは「これぞ最高!」と思ってTwitterで「発明しちゃった。えへへ」的につぶやいたりしたけど、模型を作って検証したらイマイチだったり、なんやかや弱点が見つかったり、これが意外と、というか本当に難しかった。

なんだけど、できちゃったよ。世界最高のロック機構。わはは。

3Dプリンタで作った実物大模型の図。といっても例によって具体的には何ひとつわからないと思うけどw
使用感はばっちり。現在進めている試作第三弾にももちろん搭載予定。



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冒頭の写真は日暮れ前の新宿花園神社。酉の市の前で屋台の設営が進んでいた。


2011年11月8日火曜日

関税ますます逝ってよし


EUは中国からの輸入自転車に対して、実に48.5%という高い関税を課している。

1993年には税率30.5%だったのが、2000年に34.5%、2005年に48.5%と段階的に引き上げられてきた。
税率を上げているということは、中国からの輸入は減っていない、ということだろう。

確かに、製造原価1万円の自転車に48.5%の関税が課されても、トータル原価は14,850円。
ローエンド自転車であれば、税率が高くても元値が安いので価格競争力は十分にある。

しかし、元値が高いハイエンド自転車に対する影響は大きいのではないか。
irukaの量産を進めようとしている中国メーカーY社で尋ねてみた。

Y社は、台湾メーカーM社の中国子会社である。
台湾からの輸入自転車に対するEUの関税はゼロだ。
そこで、Y社は中国であらかた作った自転車をいったん台湾に送り、台湾で最終の組み立てを行なってEUに輸出することで関税を回避しているという。
他の多くの中国メーカーも同様の手を使っており、僕もiruka輸出時は同じ手段をとらねばならない。

関税のせいで、本来不要であるはずのエネルギーが消費され、その分の温室効果ガスが排出されているわけだ。
そしてそのコストを最終的に負担しているのはEU市民だ。
なんたる無駄。非効率。不合理。

僕はヨーロッパが大好きで、iruka発売後は営業活動を兼ねてヨーロッパに生活拠点を築きたいと思っているほどだが、こういうEUの保護主義的な面は本当にいただけない。

というわけで関税ますます逝ってよし。リディキュラス。

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政治的には中国は台湾と常に緊張状態にあるのに、台湾資本の中国法人は非常に多い。
経済発展最優先という中国政府のあけすけのなさが、潔くて好きです。

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TPP? 交渉参加に決まってるでしょ。以上。

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写真は朝の野球グラウンド。有栖川公園。



2011年11月7日月曜日

量産への道(に至る道)


先週は中国江蘇省・常州の工場Y社で、iruka試作第三弾および量産に関する打ち合わせ。
中国人エンジニアたちは実にプロフェッショナルで、生産的な滞在だった。

もちろんまずは次の試作がうまくいくことが前提なんだけど、量産に向けた検討事項もだいぶ具体的になってきた。
自分の頭の整理も兼ねて、何回かに分けて主なイシューについて書いてみたいと思います。

イシュー、というのは(順不同)

・量産コスト
・リードタイム
・強度テスト
・物流と決済

など。

これまでも楽しかったけど、ますます楽しくなってきたよ。

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写真は公園に咲いていた野良アサガオ。


2011年10月31日月曜日

関税逝ってよし


TPPをめぐる議論がにわかに盛んだ。
最初に書いておくと、僕は100%賛成。
TPPに賛成というか、そもそも関税のない世界の方がよいに決まっている、と思っている。

日本における自転車の輸入関税はゼロ。
僕はirukaを中国で量産する予定で進めているが、もし政府が国内の自転車製造業を保護するために、関税をかけていたらどうなるだろう。

かつて日本は世界有数の自転車製造国であったのが、人件費が安い台湾と中国からの輸入が急増した結果、わずか20年ほどの間に国内の自転車製造業はほぼ壊滅した。
だからまあ、パラレルワールドの話ということで。

わかりやすくするため、関税率100%とし(つまり実質的な製造コストは倍になる)、中国での製造コスト+関税=日本での製造コスト になると仮定する。

中国で作っても日本で作ってもコストが同じで、かつ品質にも大差なければ、まあ日本の方がコミュニケーションも楽だし日本で作ろうかな、と僕も考えるだろう。
コストが倍になった分だけ価格も高くせざるをえないが、海外ブランドの輸入自転車にも関税がかかるので国内での価格競争力は変わらない。
かくして国産irukaが誕生する。めでたしめでたし。

んなわけない。

まず、必要な資金が倍になる。
初期ロット500台を製造するのに、仮に1台あたりの製造コストが中国2万円、日本4万円だったとする(あくまで仮ですよ)。
中国で作って関税がなければ1000万円の初期コストで済むのが、関税がかかることで中国製でも日本製でも2000万円必要になる。
僕は幸いなことに資金面ではさほどの苦労はないが、若いスタートアップの人たちにとって、初期の資金は非常にシリアスな問題だ。

もうひとつ、関税で守られていない国外においては、高コストの国内生産では価格競争力はない。
日本の外に出たら競争力がないということであれば、irukaも必然的に国内志向にならざるをえない。

要は関税というのは、国内生産・国内販売だけで既に商売が回っている人たちにとっては良いが、生産・販売ともにグローバルで考えて新規参入しようとする挑戦者にとっては事業の自由度を狭める厄介なものでしかない、ということ。

逝ってよし、と思います。

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というわけで明日からまた中国です。

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日本は自転車の実売価格が突出して安く、そのせいもあって放置自転車(遺棄自転車)が非常に多いという問題があるのは確か。
価格維持のためにも欧米同様に輸入関税をかけるべきではないかという議論もあるが、僕はメーカー側がより付加価値を高める努力をすべきと思う。

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写真は坂の下から望んだ青山墓地。


2011年10月25日火曜日

かわいそうなラジブ


こんな話を聞いた。

最近は、カレー専門店を名乗っていても実はハウスやSBなど大手食品メーカーが作った業務用のレトルトカレーを使い、その事実をカモフラージュするためにインド人店員を雇っている店が増えている、と。

真偽のほどは定かではないが、ありえる話だし、以下のようなシーンが脳内で再生されて、ちょっと笑ってしまった。

カレーづくりの腕を活かそうと意気込んで有名カレー店に採用されたのにウェイターの仕事しか命ぜられず、懊悩するインド人男性ラジブ(27才、デリー出身)。
「オレにもカレーを作らせてくれ」直訴しようと意を決して厨房に入ると、そこにはハウスのレトルトカレーを温める杉山(カレーショップ店長、43才、埼玉出身)の姿がーーー。

笑ってしまうけど、誰がどう作ってようと関係ない、とはならないのが人間というもの。
ブラインドテストではスタバよりマックのコーヒーの方がおいしいという結果が出るらしいが、スタバの客が次々とマックに鞍替えして押し寄せているという話はついぞ聞かない。

舌が感じた味覚をインプット、脳が認識した味覚をアウトプットとすると、インプットとアウトプットの間には無意識のブラックボックスがあって、誰がどのように作ったかなど、本来の味覚とは関係ない情報が極めて大きな影響を与える、ということ。

さもありなんと思うが、この傾向は味覚に限らず、消費行動全般におよぶらしい。
その辺に転がっているガラクタでも、その品物の来歴や思い出をストーリー仕立てででっち上げてeBayに出すと驚くほど高値で売れるという実験結果がある。

プレミアムブランドを築くカギはストーリーにあり。
あ、irukaはストーリーをでっち上げたりはしないので念のためw

Appleみたいに、ユーザーが勝手に「iPhone 4Sは、実はiPhone for Steveの意味なのだ」なんてストーリーを語り始めて大ヒットしたら楽なんだけど。

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写真は安曇野・烏川渓谷。


2011年10月21日金曜日

企業は事業


孫さん(孫正義ソフトバンク社長)は本当にすごい人物だと思う。
ヤフーで日本にネットビジネスを創り、ナスダックジャパンで日本に新興市場を創り、ヤフーBBで日本を世界一のブロードバンド大国にした。
日本の全てのネット企業の父と言ってもよいくらいの存在である。
僕なんかマジで足を向けて寝られない。

なんだけど、iPhoneが圏外とアンテナ1本の間を行きつ戻りつするとき、我々は「ざけんな。auに変えるぞゴルア」と感情を高ぶらせ、孫さんのこれまでの全ての偉業に対する尊敬と感謝の念をキレイに忘れてしまう。今朝もそうだった。

僕はフィリピン人講師とスカイプで会話する某英会話サービスのユーザーで、とりわけ同社の「日本人1000万人が英語を話せるようにする」というビジョンに共感してファンであることを公言している。

なんだけど、先日3回連続でレッスンが無断キャンセルになる事態があり、ファン宣言を撤回して他の会社に切り替えようかと思ったことがあった(フィリピンが台風に直撃されてやむを得ない状況だったと後でわかった。今は全く問題なく、またファンに戻っています)。

企業というのは事業を行うことが本分なので、事業が全て、それも過去ではなく現在の事業が全てなのだ、と改めて思った。
現在の事業で価値を提供できなければ、理念とかビジョンとか経営者の経歴とか人事制度や組織形態とか過去の業績とかがいくら立派でも、一瞬にして上書きされてしまうのだなあ、と。

僕もirukaを発売したときに全てが上書きされて評価されるわけで、楽しみではあるけど正直言うと怖い気持もある。
だから時間がかかってるわけではないけどw

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日々雑感的な内容も書いて、少しブログの頻度を上げようかなと思っています。

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写真は神宮球場の照明と月。


2011年10月19日水曜日

道をシェアする


警視庁が「自転車の歩道走行禁止の厳格運用」に乗り出すらしい(リンク切れ用魚拓)。
賛否両方の声があるようだけど、僕は基本的に賛成。

反対を唱える人の多くは「自転車レーンなどを整備せずに車道走行を徹底したら、事故が多発する」と言う。
それはもっともなんだけど、レーン整備を待っていたらおそらく永遠に何も変わらないだろう。
誤解を怖れずに言うと、事故が増えるくらい車道走行が一般的になれば、自転車レーン整備の気運も一気に高まると思う。

その上で、僕なりの意見をいくつか加えると:
1. 歩道は原則走行禁止より徐行義務に
2. 車道走行時の尾灯点灯義務を
3. 自転車の違反行為全般に関して罰則を厳しく

自転車は車道を走る方が良いに決まっているけど、自転車レーンがない現状では、子どもを載せたママチャリなどに車道を走れというのは酷な話。高齢者や子どもも同じだが、だからといって歩道を爆走されたら危険極まりない。
自転車と歩行者のエリアを分けた歩道もあるけど意味ないのでこの際全廃して、誰が乗ってようがどんな自転車だろうが、歩道では徐行すべし(例えば時速8km以下)、に統一すべきと思う。

ついでに、警官が率先して車道を走るべきだという声が多いが、パトロール目的のときはむしろ歩道を走るべきではないか、と最近思い始めている。車道では速すぎて不審者・不審物を発見できないだろう、と。
パトロール中はサイコンつけて歩道を時速8km以下で走り、追い抜いていく自転車があったら速度違反で呼び止めればよい。ただし事件の現場に行くときなど単なる移動時はもちろん車道を通る。

尾灯点灯義務というのは、自動車側から見たらごく当たり前の話だと思う。
僕は車を運転しないが(つかできないw)、タクシーや妻の運転で何度も尾灯がない自転車にヒヤリとしたことがある。

もちろんこれらが罰則などなしに改善すれば理想的だが、数千万人が日常的に自転車に乗っている中で状況を変えようと思ったら、ある程度の罰則強化はやむを得ないと思う。
自動車でも罰則を厳しくすることで飲酒運転禁止やシートベルト着用などが一気に徹底されるようになったし。
自転車においては、特に車道逆走と歩道暴走(速度違反の取締は工夫が必要だけど)、そしてノーブレピストについては相当厳しくしてもよい。命に関わることだから。

いずれにせよ、誰でも時と場合によって歩行者・自転車・車と立場が入れ替わるわけで、自転車vs車、自転車vs歩行者みたいな二元論ではなく、「道をシェアする」前提で議論が進めば良いと思う。

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なんてことをブログでつらつら書いても意味がないことはわかっていて、人からも叱られますが早くirukaを発売してビジネスサイドから実効性のある働きかけをしていきたいと思います。
さしあたって11月初旬にまた中国に行き、試作第三弾を進めてきます。

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写真は安曇野、篠ノ井線廃線跡の漆久保トンネル。


2011年10月6日木曜日

黙祷


スティーブ・ジョブズが亡くなった。

10月6日朝、僕は古い友人の一人と、都内のとあるホテルで朝食を一緒にとっていた。

友人と別れてから何の気なしにiPhoneをチェックし、その事実を知った。

次の行き先への移動中、尊敬する人物の死を悼んで、何か音楽を聴こうと思った。
背面に「Stay hungry. Stay foolish. 」の文字が刻まれたiPodを取り出し、少し考えてからベートーヴェンの第九をかけた。
暗から明、苦難から歓喜へと至る曲展開と、終楽章の圧倒的なまでの輝かしさが、ジョブズの後半生そのもののように思えたからだ。

そして今、僕はMacBook Airでこのテキストを書いている。

オバマ大統領のコメントを引用する。
「世界中で多くの人々が彼の死を知ったのは、まさに彼が世に送り出した機器を通じてであるという事実こそ、スティーブの業績に対する最高の賛辞だろう」

僕の「死ぬまでに実現したいことリスト50」の中に、「ジョブズにirukaに乗ってもらう」という項目があったのだが、僕がノロマだったために間に合わなかった。

今日、世界中のあらゆる国の、あらゆる産業分野に関わる数えきれないほどの人々が「自分が、この分野のジョブズになる」と心に誓っていることだろう。
僕もその一人だ。

irukaを、ジョブズがもし自転車を作っていたらかくあるだろう、と言えるくらいの製品として世に出すことを、今日改めて誓いました。

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冒頭の写真はブラジルのレンソイス。
僕がこれまで訪れた中でもっとも美しいと思った場所の写真を、世界でもっとも美しい工業製品を作り続けた人物に捧げます。


2011年10月3日月曜日

世界を変えるのはビジネス


このブログでもirukaのベンチマークとして時々登場する、イギリスの名作折りたたみ自転車ブロンプトン。
あまり話題になることはないが、実はテールランプが標準装備されている。

電池式で、スイッチを押すと赤く点滅を始める。



逆にヘッドは白い反射板のみ。



日本製の自転車、特に通勤通学用のいわゆるシティサイクル車は、逆にヘッドランプが標準装備で、テールは反射板のみであることがほとんど

この違いは、実は割と奥が深い。
テールランプが標準装備ということは「後ろから追突されないこと」を、逆にヘッドランプが標準装備ということは「前から衝突しないこと」を重視していることを意味する。
言い換えると、テールランプ標準装備は車道走行を、ヘッドランプ標準装備は歩道走行を主な走行場面に想定しているということだ(言い過ぎかもしれないが、少なくとも車道走行を前提とはしていないのは確か)。

自転車の歩道走行が減らないことに関して行政の不備を指摘する声が強いが、メーカーやショップなどビジネス側にもできることは多くある、そしてできていない、という証左だと思う。
自転車レーンの整備は行政が動かないと何もできないが、ビジネス側の努力と工夫で車道走行の自転車が増えれば、行政側にも自然とレーン整備の気運が高まるのではないか。そうやって自転車レーンが増えれば車道走行はさらに増える。
要はそのサイクルの最初の押しボタンを誰が押すか、だ。

「世界を変えるのはデモではない、ビジネスだ」誰かのブログで読んで感銘を受けた言葉だが、本当にそのとおりだと思うし、そう信じて行動したい。

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写真は秋空と六本木ヒルズタワー。


2011年9月7日水曜日

続報・irukaオリジナルサドルバッグ


昨日に引き続きirukaオリジナルアクセサリの進捗報告。

今のところirukaのアクセサリ類としては、昨日書いたキャリア、輪行カバー、そしてサドルバッグを開発中です。

irukaの折りたたみ形状にフィットする輪行カバーは例外として、キャリアとバッグはirukaに最適化しつつもiruka以外の標準的な小径自転車で使えるようにします。

その理由をしつこく書いておくと:
irukaのミッションは「自転車で人と地球をよりハッピーにすること」で、その手段が「いつも自転車と共に行動するライフスタイルを広めること」。
ベストなのはirukaに乗ってもらうことだけど、「私は他の自転車の方がいい」という人にも、アクセサリだけでも使ってもらってハッピーな折りたたみ自転車ライフを送っていただきたい、と考えているから。

はい、でサドルバッグです。

バッグデザイナー斎藤さん手作りの第一回試作を実際にブロンプトンに取り付けた写真がこちら。
昨日のキャリアも同じですが、小径車特有の、サドルと後輪の間の空間を利用します。
相変わらず製品画像はお見せできないのでカットしてありますが、ここに付くのだということだけご覧くださいw





リクセンカウルトピークのように自転車本体に脱着できるバッグは既にありますが、アタッチメントが必要だし(→折りたたみ形状とサイズに影響あり)バッグの種類が限定されるのがいただけない。
デイパックやメッセンジャーバッグは肩がこるし暑い。

そこで、irukaサドルバッグは以下を実現します。

  • アタッチメントなしでほぼ全ての小径自転車に簡単に脱着可能

  • 手持ちのデイパック類バッグ類をそのまま放り込める大容量

  • 不要なときは小さくたためる(普段はポケットなどに入れておき、出先で荷物が増えたら取り出して使うことも)


  • 実際に使ってみてますが、基本的な機能はばっちり狙いどおり。
    同時に、細かい使い勝手の部分で改善点も見えてきたので、意匠面も含めて次のステップに進めていきます。

    自分で言うのもなんですが、これもマジで画期的&実用的ですw

    お楽しみに!

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    冒頭の写真は安曇野にて。ラベンダー。


    2011年9月6日火曜日

    続報・irukaオリジナルキャリア



    6月に書いたエントリの続報です。

    irukaオリジナルキャリアの第一回目試作を御殿場にある某工場にお願いしていまして、先日完成品が届きました。

    irukaに最適化した設計であるものの、他の標準的な小径自転車でも汎用的に使えるようにしています。
    irukaのミッションは「自転車で人と地球をよりハッピーにすること」で、その手段が「いつも自転車と共に行動するライフスタイルを広めること」。
    ベストなのは折りたたみ自転車irukaとそのオリジナルアクセサリを使ってもらうことだけど、「私は他の自転車の方がいい」という人にも、アクセサリだけでも使ってもらってハッピーな自転車ライフを送っていただきたい、と考えているからです。



    基本機構とジオメトリだけ実現したT1モデルですので意匠的なデザインは一切ほどこしてないのですが、日本が誇る金属加工マエストロの手による実物は仕上がり上々。
    溶接なんかほんと美しいです。

    で、駐車場で走行テストの図。
    相変わらず肝心の製品画像は隠してます。いつもごめんなさいw





    この後は公道に出て走ってきましたが、基本的な性能はばっちりだと思います。
    自分で言うのもなんですが、かなーーり画期的な製品ですw

    さらにこのエントリを書いてる間に、並行して進めていたオリジナルバッグの試作が届きました。
    こちらも自信の製品なので、改めて書きたいと思ってます。

    --
    写真は安曇野・長峰山頂にて。


    2011年8月22日月曜日

    My グロービッシュ


    中国の工場でのコミュニケーションは基本的に英語。
    前回行ったY社工場には一人だけ日本語がわかるマネージャーがいたが、日本語で話しても結局他の参加者向けに英語か中国語でもう一度訳す必要があるので、英語の方が便利。

    などと書くといかにも僕がバイリンガルのようだが、残念ながら事実は違うw
    中国に行くようになってから、レアジョブなどで泥縄式に英会話強化にいそしんでいるところ。

    日本人は英会話に関してもメンツを重んじる国民だと言われる。
    確かに書店に行くと「ネイティブと思われる英語」とか「ネイティブに笑われない英語」みたいな、言語の本質的な目的である「コミュニケーションをいかに成立させるか」よりも、いかにメンツを取り繕うかにフォーカスした英語本が並んでいたりして、おもしろい。よく考えるとネイティブと勘違いされた方が逆に不利なのにね。

    といいながら実は僕も割とそのケがあったんだけど、中国に行くようになってから完全に変わった。
    ネイティブぽい言い回しを知っていても、ノンネイティブ同士の会話では逆に意味が通じにくくなることが多いし、それがかっこいい言い方かどうかもお互いわからない。
    今はコミュニケーションを正確に成り立たせることに100%集中して、簡単で誤解されにくい単語/言い回しを使うこと、とにかくゆっくり話すこと、できるだけ短い文章で一文ごとに相手の理解を確認しながら進めること、を心がけている。

    例えば前回、パーツの選定の話をしていて

    We won't use these parts on the next prototype.

    みたいなことを言ったところ、どうも話が噛み合わない。
    確認してみると、相手は won't を want だと勘違いして真逆の意味に捉えていた、なんてことがあった(want は want to だろって?だから相手は僕が間違えて to を落としたと思ってるわけ。彼らも前置詞とか冠詞なんてバンバン落とすから)。

    英語が得意な人同士では考えられないだろうけど、まあ僕と中国人の間ではこんなことが頻繁に起こる。
    もどかしくもあるが、それでもやはり、直接コミュニケーションできるというのは良いものです。
    将来雇う株式会社イルカ社員は、英語、というかグロービッシュ必須。

    日本人と英語に関してはいろいろと思うところがあるけど、とりあえず今日は won't より will not か don't の方が誤解がなくて良い、という低レベルの教訓でエントリを終えたいと思うw

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    レアジョブというのは、フィリピン人講師とスカイプで話す英会話サービスの一つ。月5000円で毎日30分話し放題。
    さらに安い後発会社も出てきているようだけど、「日本人1000万人が英語を話せるようにする」という企業ビジョンのファンなので、よほどのことがない限り使い続けるつもり。
    ただ、ウェブサイトが絶望的にダサいのはユーザーとしてもファンとしても何とかしていただきたいw

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    写真は御宿にて。夏空。


    2011年8月17日水曜日

    製造業、西回りの長き旅路


    先週行った常州のY社工場はとにかく巨大だったが、さらに印象的だったのが「若い工員が多い」ということ。

    若い、というのは10代。

    もちろん大人の工員も数多くいて、溶接やホイール組などの工程ではいかにも「熟練」といった感じのベテラン工員が多いが、デカール貼りなどいわゆる単純作業の工程は大多数が10代の工員で占められている。

    15〜19才の人口は、日本が300万人に対して中国は1億人。
    高校進学率は、日本が95%に対して中国は40%強。

    15〜19才の非就学人口をざっくり計算すると

     日本=300万人×(1−0.95)=15万人
     中国=1億人×(1−0.40)=6000万人

    その差なんと400倍。

    「世界の工場」たる中国を支えているのは、(言い方はあまり良くないけど)安価かつ豊富な労働力なのだと実感する。

    日本で高校進学率が40%台だったのは1950年代の前半。つまり高度成長期が始まった頃。
    その後、経済成長とともに高校進学率も年々高まって1970年代半ばには90%台に達し、以降は高度成長の終焉とともに横ばいが続いている。

    つまるところ高度成長期というのは第一次産業から工業への労働力シフト(=地方から都市への人口移動)であって、都市への人口移動が落ち着き高学歴化が進むことで労働力の増加ペースが落ちると、あとは知識集約型の産業モデルにシフトしていかないと経済成長も止まるという、それってつまり今の日本だよね、という話になってしまう。

    中国も一人っ子政策で急速な高齢化が予想されている上に、都市部では高校進学率が7割を超えるなど成長期の日本と同じく高学歴化が進みつつある。
    アメリカの大学・大学院への留学者数が、日本人は2万人強なのに対し、中国人は15万人近くまで増えているそうで、高学歴志向は日本以上かもしれない。

    となると、「世界の工場」の役割がリレーのバトンのようにイギリスからアメリカ、日本、そして中国へと西回りで移動しているように、いずれその役割は中国からベトナムやインド、そして中東、アフリカへと移って行くのだろう。
    西回りが世界を一周してヨーロッパに戻る頃には、世界はどうなっているのかな。

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    写真は常州の自転車工場にて、溶接と塗装を終えて組み立てを待つフレームたち。


    2011年8月16日火曜日

    試作第三弾スタート


    先週日曜、中国でのiruka試作第三弾ミーティングに向かおうと成田に着いたら、上海の台風でまさかの欠航。
    振替便も満席だったが、空港でMacを開いて格安航空券サイトからチケットを取りなおし(インターネット万歳)、水曜の便で中国に飛ぶことができた。

    ミーティングは生産的だったけど、実はミーティングそのものに至るまでいろいろありw
    試作第三弾は、第二弾を作った江蘇省・太倉市の工場ではなく、常州市にある台湾資本の工場Y社で進めている。

    太倉市の工場の経営体制が変わって不都合が出てきたため、プロジェクトの窓口であった台湾企業W社(太倉市の工場に同居して営業マーケ部門を請け負っていた)が新たにY社を製造委託先としてアレンジした、というわけ。

    Y社は欧米ブランドを中心に年間300万台の自転車を製造する指折りのOEMメーカーであるとともに、自社ブランドで某メジャー折りたたみ自転車も展開している。
    自転車業界人曰く新参ブランドがOEMを打診しても通常は相手にされないそうだが、今回はW社社長の父親とY社社長が親しいため受けてもらえることになったらしい(中国人は我々が思っているよりもはるかに人間関係を重んじるように思う)。
    さらに欧米の販路や知財管理の実績(早く言えば中国の違法コピー品対策)も豊富にあるなど、製造のみならず販売のパートナーとしても心強い。

    一方で、引く手あまたの巨大工場なので、ロットが大きいとは言えないirukaの生産にどれだけ注力してもらえるかなど、課題もある。

    良い方向に進んでいるけど、まだそう簡単にはいかないと思っている。
    というか、そう簡単にはいかないと思っておいた方が良いということを知っている、という感じか。

    これまで見た中でケタ違いに大きかったY社工場の写真をどうぞ。











    やはり入り口には巨大な壺が。お約束。


    --
    冒頭の写真は安曇野・烏川渓谷にて、ヤマアジサイ。


    2011年8月8日月曜日

    工業製品と美しさ


    愛用のiPodクラシックに、ガタがきはじめた。

    箱状のステンレス部に、前面のアルミ部カバーが嵌めこまれているわけだが、嵌め込みがゆるんできたのか、アルミ部が浮いて隙間ができている。

    ネジや溶接を使わずに組み立ててある分すっきりして美しいが、圧入してあるだけなのでステンレス部の外縁が少しへたるだけで嵌め込みがゆるんでしまうのだ。
    買ってからちょうど1年だから、ちょっと早いよね。



    これは非常に重要な示唆で、工業製品において、美しさと強さを両立するのは簡単ではない、時としてトレードオフであるということ。

    自転車も溶接やネジ止めを使わずに組み立てることができたらだいぶ印象が変わるはずだけど、現時点では技術的に無理。
    irukaは主にアルミチューブを溶接してフレームを作るので、量産時には特にビード(溶接痕)をどこまで処理するかが強度・コストと美しさの見合いで重要な判断になってくる。

    まあ、量産前にまずは試作第三弾。
    今日は本来中国の工場でミーティングしているはずが、台風で出発便が飛ばずリスケになったので暇ですw

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    僕はAppleの犬なので、逆に新モデルが出たら悩まず買える理由ができてうれしかったりするw 倒錯してるなあ。

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    冒頭の写真は御宿・岩船海岸に至る隧道出口。鎌倉の切り通しみたいでなかなかの風情。


    2011年8月6日土曜日

    明日から中国


    明日8/7より三日間、中国へ。
    試作第三弾の打ち合わせのため、irukaとして延べ7回目の訪中です。

    訪問地の常州はブリヂストンサイクルの工場があったり、自転車製造の一大集積地。
    上海に飛んで、太倉で一泊してから向かいます。
    実は中国の製造委託先で経営の変更があり、今回は仕切りなおし的なところもある。

    ほぼまとまっている試作第三弾の設計データは、自分で言うのも何だが、非常にいい感じ。
    次の試作の出来がよければいよいよ量産。

    いっちょ進めてきたいと思います。

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    写真は御宿・岩船海岸。
    ブルースカイブルー。

    --
    8/7追記:台風の影響で上海便が欠航になり、8/10出発に変更になりました。おかげで日曜は自宅・成田間を往復して日が暮れるという素敵な休日になりました。


    2011年7月22日金曜日

    誰から電気を買いますか?


    前回より続く)僕の家では太陽光発電に200万円投資して、最初の半年間の余剰電力買取で約8万円の利益を得ました。
    このまま元をとるには12年半かかりますが、現在審議中の再生エネルギー促進法案の柱である「固定価格全量買取制度」になったらどうなるか、はたしてそれは良いことなのか、というのが今回の話です。

    発電能力編」で書いたように、うちの1月から6月の総発電量は計2,700kWhでした。
    7月から12月も同じペースとすると1年で5,400kWh、これに法案の買取単価である42円を乗じると、年間収入は23万円になります。

    わお!1年で23万Yen!これなら9年弱で元がとれるし、もし太陽光パネルが20年もったら(法案では買取単価は10年保証ですが、もし20年変わらなかったら)250万円も利益が出ます!すげーー!菅首相がんばれーー!

    ・・・とは思いません。

    結局のところ買取制度というのは、余剰だろうと全量だろうと「屋根とお金(太陽光パネルの初期投資)を持っていない人から持っている人への、有無を言わせぬ所得の移転」です。
    補助金とか助成金というのはあまねくそういうものですが、なんかこう、政策としてイマイチだと思いませんか?*

    そこで考えたいのが、電力完全自由化です。

    実は今でも、地域独占の電力会社(代表は東電)以外にもPPSと呼ばれる発電事業者(製鉄会社とか商社とか)がいて、大口需要家(工場など)はどこの電気を買うか選べるのですが、小口需要家(つまり家庭)には選択権はありません。
    これを、家庭でも自由にどの発電会社から電気を買うか選べるようにするのが、電力「完全」自由化なのです。

    ソフトバンクが発電事業に参入しようとしていますが、買取制度の元では、ソフトバンクは東電など地域独占の電力会社に電気を売るだけで、我々消費者は今までどおり東電などから電気を買います。
    一方、電力完全自由化の状況では、ソフトバンクも東電もその他の会社も同列の発電会社として競争し、消費者がどこから電気を買うか選ぶのです。
    (その場合、発電会社ごとに送電線を作るのは非効率かつ非現実的ですから、東電など既存の電力会社は発電機能と送電機能に分かれ、各発電会社は送電会社の電力網を借りて送電することになります。これが「発送電の分離」です)

    地域独占+買取制度は発電する企業/個人からするとほぼノーリスクですから、短期的には参入者が多く効果が出やすいでしょう。
    現にソフトバンクも「全量買取を条件に」発電事業を始めると表明しています。
    しかしそれでも、完全自由化には以下のメリットがあります。

    国民全員が能動的に関与できる
    地域独占+買取制度の元では、自分は自然エネルギー推進に貢献したい、と思っても、屋根(または土地)とお金がなければ能動的には何もできません。
    特に東京など大都市圏には、エコ意識が高く太陽光パネルを買うくらいの余裕もあるのに、マンション住まいなので何もできない、せいぜいブログやTwitterで意見を書くくらい、という人が大勢います。
    家で太陽光発電をやっていれば、発電モニターを1-2時間眺めるだけで太陽光の効用も限界もすぐ理解できるのですが、やっていないとなかなか実感としてわからないため、中には非常に観念的・精神論的な、やればできる的な話を繰り広げる人も少なくなく、不毛な議論の元にもなっています(感じ悪くてすみませんが、僕もわかりませんでしたから)。
    完全自由化の元であれば「どの発電会社から電気を買うか選ぶ」ことによって、日本人全員が、能動的に電力政策に関わることができます。

    強く健全な発電会社をつくる
    固定価格全量買取制度も永遠ではなく、太陽光であれば10年間、風力などその他は15〜20年が買取保証期間という案になっています。
    つまり10〜20年間はソフトバンクなど発電会社は一切、競争も営業活動もなしに売上が保証されるわけです。
    発電会社には、買取保証期間が終わっても潰れたり撤退したりせずに電力を供給し続けてもらわないと、意味がないどころか国にとっては損失でしかありませんが、10〜20年も競争がなく補助金漬けだった企業が、補助金がなくなった後も存続できるでしょうか。
    いいえ。健全な競争だけが健全な会社をつくる、と僕は思います。

    電気代が最適化される
    全量買取では、買取原資が電気代に上乗せして集められますから、必ず電気代の値上げを伴います。
    一般家庭は数百円の値上がりで済むと言われていますが、製造業など産業部門にはわずかな値上がりでも大打撃ですし、何より誰も価格をコントロールできないのは大問題です(現にスペインは全量買取のコストコントロールに失敗し、財政破綻寸前に陥りました)。
    自由競争の元であれば、電気代は自ずと需給がバランスした価格に収束します。
    (ただし自由化すれば価格が必ず下がるということではありません。米国などでも、自由化で逆に価格が上がった例もあるようです)

    もちろん電力完全自由化にも問題はあります。
    大きく二つ上げると、一つは供給責任が不明確になることで停電リスクが高まる点(カリフォルニア電力危機が記憶に新しいですね)、一つは自然エネルギーの比率が高まるかわからない点でしょう。
    後者に関しては、自然エネルギー発電会社にはある程度の補助・助成は必要だと思います(税制優遇、送電会社にRPSを課す、自然エネルギー電力の支払いに使えるエコバウチャーを家庭に配る、など)。

    ただいずれにせよ、「政府主導で」「補助金ジャブジャブの」「一部の人しか能動的に関与できない」全量買取制度より、「民間主導で」「自由競争の」「国民全員が能動的に関与できる」完全自由化を軸に議論を進める方が健全だし、自由化された電力市場に敢然とチャレンジするイケてるベンチャー企業がいたら、電力も買いたいし投資もしてみたい、と僕は思うんですけどね。

    --
    *補足
    日本では自然エネルギー≒太陽光ですが、買取制度を導入して自然エネルギー先進国とされているドイツとスペインでも、太陽光の割合はそれぞれ2%, 3%にとどまっているのが現実です。
    理由は太陽光の稼働率が低いためです。例えば、ピーク時電力の20%に当たる発電容量を持っていても、稼働率が10%であれば総消費電力の2%にしかなりません。
    逆に着実に伸びているのは風力ですから、全量買取でいくのであれば家庭の太陽光など冷遇して、風力や地熱(日本は地熱資源が豊富と言われる)が一気に立ち上がるような制度設計にすべきです。

    --
    写真は木場の運河。


    2011年7月19日火曜日

    太陽光6ヶ月レビュー〜収支編


    太陽光発電を始めて6ヶ月、先日の「発電能力編」に続いて今日は「収支編」のレビューです。

    僕の自宅の屋根には総発電能力3.7kWの太陽光パネルが載っかっています。
    ユニット代と工事費でほぼジャスト300万円かかりましたが、区と都の補助金が約100万円ありますので、実質の負担は200万円でした(都の補助金申請がこれがまた嫌がらせかっていうくらい面倒で、実はまだもらえていないけど)。
    この200万円の出費に対して、元がとれそうかどうか、という話です。

    うちは夫婦とも働いているので、平日昼間は太陽光がせっせと発電してくれていても、電気をほとんど消費しません。冷蔵庫が動いているくらいです。
    例えば、太陽光が2.3kW発電しているのに家の中では0.3kWしか消費していないという状況が1時間続いたとすると、2.0kWhの電力が「余剰」になります。

    この余剰電力を、「1kWhあたり48円で」東京電力が買い取ってくれます。
    太陽光パネルのある家には、普通の電気メーターとは別に「売電用」のメーターがついていて、1ヶ月間の余剰電力の合計×48円が翌月に振り込まれるのです。
    これが「余剰電力買取制度」です。

    さあ、実績を見てみましょう。

    売電kWh売電金額
    1月279kWh13,392円
    2月228kWh10,944円
    3月278kWh13,536円
    4月369kWh17,712円
    5月289kWh13,872円
    6月182kWh8,736円
    1,625kWh78,192円


    半年で8万円弱ですから、1年で16万円とすると、12年半で元が取れる計算です。
    僕個人としては「思ったより上出来」というところでしょうか。
    太陽光パネルの寿命は10年〜20年くらいと言われていますので、もしパネルが20年もったら100万円以上の利益が出ますからねー。

    ちなみに、5月の売電(余った電気を売った)の明細はこんな感じです。
    右下に「買取単価48円00銭」と書いてあります。



    こちらは買電(電気を使った)の明細。
    329kWh使って3,272円ですから、割り戻すとkWhあたり9.9円です。



    東電が10円前後で売っている電力を、48円で買わせているわけですから、なんだか申し訳ありませんねw

    申し訳ない、というのは東電に対してではありません。太陽光パネルを持っていない方々に対してです。
    東電をはじめ日本の電力会社は、余剰電力買取の原資を、「太陽光促進付加金」として全ての世帯から電気料金に上乗せして集めているからです(東電は消費電力1kWhあたり0.03円、他社も計算式が異なるが大体それくらい)。

    もう一度5月の明細を見てみましょう。「太陽光促進付加金9円(消費電力329kWh×0.03円=9.9円切り捨て)」という記載があります。
    負担は全世帯なので、うちも5月は9円払ったうえで、13,872円を受け取っているわけです。



    こうして、全国の4900万世帯と600万事業所から広く薄ーくお金が集められ、太陽光を設置している40万世帯に振り分けられているわけです。
    これが良いか悪いかではなく、こういう仕組みだということです。

    さて、僕は12年半で元がとれそうで、うまくすれば利益も出る可能性がありますが、これは「良い方」でしょう。
    うちは共働きで昼間の消費電力が小さいのと、蓄熱暖房という深夜電力を使う暖房器具を入れているので、余剰電力が生まれやすい家なのです。
    一般的にはもう少し収支見通しは厳しく、かつ今年から買取単価も下がったこともあり(48円→42円)、もう太陽光の普及は頭打ちでしょう。

    そこで出てきたのが、菅首相&孫社長肝いりの、通称・再生再生エネルギー促進法案こと、固定価格全量買取制度(フィードインタリフ、FIT)です。

    全量、すなわち「余った電力だけ」ではなく「再生可能エネルギーで発電した分を全て」電力会社に買い取らせる、という法案です。
    再生可能エネルギーといっても太陽光から風力や地熱などいろいろありますが、買取単価は太陽光が42円/kWh、それ以外が15~20円/kWhと、太陽光が著しく高い設定になっています。

    この法案が通った場合、僕の家の収支はどうなるでしょうか。

    長くなるので続きます。

    --
    冒頭の写真は自宅への来客にいただいたひまわり。

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    追記)48円の買取単価は10年間しか保証されていませんので、もし11年目以降に単価が大きく変動した場合は収支も変わります。


    2011年7月7日木曜日

    父の起業(ただし未遂)


    もう昨年のことですが、Twitterのやりとりで思い出したので書いておこうと思います。
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    父は仕事を引退してから、ふぬけていた。

    父よりかなり前に看護婦の仕事を定年でやめていた母は、ボランティアを始めたり、趣味のちぎり絵や手芸をやったりしてそれなりに楽しそうに過ごしていたが、父はあまり出歩かず家でテレビを見ているばかりだった。
    健康にも気を遣わず、時折「何のために生まれたかわからない」などと言うこともあったという。

    父は元国鉄職員だ。
    元、というのは未成年のうちから30年以上働いた国鉄を民営化の際に退職し、以後は70過ぎまでビル管理員などをやっていた。
    父の一家は戦中に移住先の満州で父親(僕の祖父)を病気で亡くし、ソ連兵に追われて命からがら日本に帰ってきた。
    大黒柱をなくした一家は貧しく、父は家計を支えるため高校を中退して国鉄に就職したのだった。

    父は僕が公務員になることを希望していた。
    あの国鉄でさえああなってしまったのだから、安心できるのは県庁か市役所くらいしかない、というわけだ。
    それがよりによって起業など、ということで、僕はオプトに入る前に一時期勘当状態にあった。
    社長の鉢嶺が僕に内緒でとりなす手紙を父に送ってくれたりして勘当は解けたが、とにかくまあ、そういう性格だ。

    仕事人間、ではない。
    仕事人間ではないが、働いていることは彼の重要なアイデンティティだったのだ。

    さて、と考えた。

    起業させよう、と思った。

    なぜ起業か。
    もちろん趣味やボランティアでも良いのだが、父は起業が一番熱中できると思ったのだ。
    なぜなら、僕がそうだったから。
    (まあ僕は趣味にも打ち込んでますけどねw)

    ともあれ僕が考えたのは、ランチタイムだけ営業する小さな定食屋か移動店舗だ。
    父は僕と同様料理が好きで「余裕があれば飲食店をやってみたかった」と言っていたことがあった。
    メニューを思い切って1〜2種類に絞って売り切れたら営業終了という形にすれば経営はシンプルだし、うまくすれば繁盛すると思った。
    僕自身も実は飲食店経営に興味があったということもある。

    男の親子というのは、どうも話すだけだとついお互いぞんざいな口調になって無用に衝突することも多い。
    僕は簡単にパワーポイントに提案をまとめ、出張の帰りに静岡の実家に寄って話を持ちかけてみた。

    無理だ、というのが父の反応だった。
    体力的にもきついし、不動産屋を回ったり免許をとったり、やることが多すぎて自信がない、と言う。

    つまり「嫌だ」ではなく「興味はあるが自信がない」ということだ。
    僕は話を続けた。資金は僕が出す、何も何千万もかけて勝負しろと言ってるのではなく数百万で始めて、資金が尽きたらすっぱりやめればよい、元気なうちにやってみたらきっと楽しい。

    二週間後に返事があった。
    ありがたい話だが、やはり起業はしないという。
    60代だったら一も二もなくやっていたと思うが、もう70代も半ばではさすがに無理がきかない、気楽にやれと言っても自分の性格上店を潰さないよう根を詰めてしまうだろうから母にも迷惑をかけてしまう、云々。

    二週間の間に、父なりにいろいろ調査したようだ。
    必要な届出や資格取得のため方法、静岡の不動産の賃料相場、街に出かけて実際の店を偵察して回ったりもしたらしい。
    手書きの損益シミュレーションは、元上場企業CFOの僕wwwから見てもなかなか緻密でよくできていた。

    普通に考えたら突拍子もないともいえる提案に拒絶反応を起こすことなく、先入観なしにリサーチを進めて結論を出したことに、やるじゃん、と思った。

    こうして父の起業は未遂に終わったが、以降、父は格段に元気になった。
    ウォーキングを始めて日焼けし、かなり体重を落として健康的になった。今がこれまでで一番体調が良いらしい。

    やはり起業というのは、小規模でも、例え未遂に終わったとしても、人を楽しく、エナジェティックにさせるのだ。

    --
    用意していた起業資金は、両親の旅行資金としてプレゼントした。
    二年続けて夫婦で北海道に行ったり、親戚を温泉に招待したり、楽しく遣ってくれているようだ。

    --
    写真は安曇野・有明神社。


    太陽光6ヶ月レビュー〜発電能力編


    自然エネルギーの話題がホットな折柄、昨年末に自宅を新築して太陽光発電を始めてから半年たちましたので、実数値を出してレビューしておきたいと思います。

    まず6ヶ月間の延べ発電量。
    下の写真では2796kWhとなっていますが、6ヶ月を10日ほど過ぎた時点で撮影しましたので、6ヶ月ジャストでは2700kWhくらいです。



    これが多いか少ないか。

    設備利用率、すなわち「最大発電能力に対してどれくらいのパフォーマンスだったか」を考えてみます。
    うちの太陽光パネルの最大発電容量は3.7kWですので、設備利用率=発電実績2700kWh/最大発電能力16000kWh(3.7kWh×24時間×180日)=17% となります。
    低いなあと感じる方も多いと思いますが、日本の太陽光の稼働率(発電した時間数/総時間数)が平均12%と言われていますから、大体符合する感じです。

    では絶対的な発電量としてはどうか。
    我が家の1月〜6月の総消費電力は約11000kWhでした(ちなみにオール電化です)。
    入居当初は蓄熱暖房機の加減がよくわからず使い過ぎてしまったのと、3ヶ月ほど義母が一時的に同居していたので、もう少し少なく済んだはずと思います。本来は9000〜10000kWhくらいでしょうか。実際、冷暖房を使っていない5月6月は、月300kWh台でしたので。

    総消費10000kWh前後に対して発電2700kWhですから、ざっくり我が家の総電力の30%にあたる電力を太陽光が発電したことになります。
    うちは夏に冷房をほぼ一切使わない&夏は日照量が多いですから、通年では総電力の35〜40%相当を太陽光が発電することになりそうです。

    キャパシティの17%しか使ってないのに総電力の4割近くも発電するの?すごくない?太陽光やばくない?自然エネルギー100%も夢じゃなくない?

    ・・・という気持もわかりますが、はっきり言って総電力の比率を見ても実用性の観点ではほとんど意味がありません。
    電気は貯めることが(ほぼ)できないので、刻々と変動する電力需要に対して、常に安定した電力を供給できるかどうかが重要なのです。

    実際うちは夫婦二人とも働いているため、平日はほぼ夜しか電気を使いませんが、当然ながら夜間の太陽光発電はゼロです。
    もちろん昼間余った電力は東電が買い取ってくれて他のご家庭で使われるわけですが、以前も書いたとおり、時間帯と天候によって出力が大きく上下するため、「太陽光の発電がゼロになってもいつでも十分な電力を供給できるバックアップ電源」が必ずペアで存在しないと、単体だけでは成り立ちません(「いつでも十分な」を満たしていないので風力ではダメ。現状は現実的には原子力か火力しかない)。

    逆に言えば、電気を貯める技術(蓄電技術)にブレイクスルーが起きれば、太陽光・風力などの自然エネルギーだけで少なくとも家庭用の消費電力くらいは賄えそうな感じはしますね(東京電力管内の電力需要は家庭用が65%で産業用が35%)。

    ただし、さらに逆に言えば、今世界中に存在する全ての電池・バッテリー類をかき集めて充電しても世界の電力需要を10分しか賄えないと言われており(by ビル・ゲイツ)前途は多難、というか見通しさえ立っていないのもまた事実です。

    ということで、太陽光発電ユーザーとして半年が過ぎた僕の感想&考えは:

    「現時点では自然エネルギーだけに頼ることは無理だが、ポテンシャルはある。ただし自然エネ100%社会を実現するには蓄電技術の大きなブレイクスルーが必須であり、その目処は立っていない現在では、温暖化と大気汚染の進行を防ぐためにも『当面は』原子力の継続運用が必要である」

    自分で言うのも何ですが、論理的ではないでしょうか。

    自然エネルギーを推進するためには、推進派は反対派・懐疑派よりも、よりデータとファクトを重んじて、論理的・合理的である必要があると思います。
    でなければ、社会全体を説得できませんし、正しい制度設計もできません。
    が、今は逆に、自然エネルギー推進派というと、過度に情緒的な、中にはファナティックと言ってもよい人も少なくなく、無用な反感反発を生んでしまっているように思います。

    まあ僕は僕で、データがないと何もできない男、という自覚はあるのですがw

    --
    我が家の太陽光発電の経済的な収支についても別途書くつもりです。

    --
    写真は安曇野にて。山吹。


    2011年6月27日月曜日

    経営者の義務と権利


    僕の前職オプトの元代表・海老根(現在は取締役会長)がブログを始めていた。
    彼が代表に就任してオプトが倒産寸前の状況からカムバックしたときのことも書いてあるのだが、あまりにもあっさりしてて参考にならないので補足しておこうと思いますw

    本文転載:

    海老根の経営戦略の基本的な考え方を書きます。
    1. お客さんは誰か?
    2. お客さんは何に困っているのか?
    3. 自社の強み・独自性はなに?
    この3要素を明確にすること。これだけです。言い換えると「誰の・どのような困りごとを・何を強みに解決する会社なのか」ということ。2001年にオプト代表になったときはこう決めた。
    1. ネット広告に主にダイレクトレスポンスを求める企業
    2. 広告の投資対効果を高めたいが、やりかたがわからない
    3. 自社開発の効果測定システム
    この3点が決まれば、他の戦術も自動的に決まる。営業先のアタックリストも、営業に行ったら何から話すべきかも、採用の仕方も、ほとんど決まってしまう。逆に言えば、この3点が決まっていないと、他のことも全て場当たり的になってしまうんだよね。



    解説します。

    2000年、オプトはそれまでのファックスDM会社からネットの会社に事業転換を図り、VCを中心に約3億円を調達して(僕はCFOでした)4つのネット事業を立ち上げた。
    が、どれもなかなか、というか全くうまくいかず、年末にはあと数ヶ月で資金が尽きて倒産という状況に追い込まれていた。
    経緯は省くが、当時ネット広告代理部門を勝手にw立ち上げていた海老根(創業メンバーの一人ではあったが、入社が遅かったこともあり当時は役員ではなかった)が、翌2001年から代表取締役COOとして実質的なトップについた。

    結果を先に書いてしまうと、2000年には年商3億円・営業赤字2億円(!)という状況だったのが、彼がトップ就任後3ヶ月で単月黒字転換し、3年後の2004年2月にはジャスダックに上場した。
    2000年から2004年にかけて日本のネット広告市場は3倍(590億円→1814億円)に伸びたが、オプトの売上高はその間実に32倍(3億円→95億円)に成長していた。

    強烈な、魔法のような体験だった。
    成功のポイントは何だと思うか、と聞かれたら、以下の3つを上げる。
    (上場すれば成功だとは思ってないけど、ここでは便宜的に「成功」と言わせてください)

    フォーカス
    2000年のオプトはマンション情報サイトなど4つの事業を行っていたのを、海老根は「ネット広告代理事業」一本に絞り込んだ(4つの事業のうち2つは事実上凍結して後に売却、1つは広告代理事業の1サービスとした)。
    のみならず文中にもあるように「ネット広告に主にダイレクトレスポンスを求める企業」に顧客を絞った。これは逆に言うと「広告にブランディング効果や認知度アップ効果を求める企業は顧客にしない」ということだ。
    さらにその後、顧客とする企業の業種も絞り込んだ。
    実に3段階もの絞り込みをかけたわけだ。
    そして僕たちは文字どおり「朝から晩まで」ネット広告代理事業のこと「だけ」を考え続けた。
    結果は上記のとおり。もちろん機会損失もあったが、失ったよりはるかに大きな機会を手に入れたと思う。
    「一つのカゴに全ての卵を入れてはいけない」という言葉は投資家のための教訓であり、事業は逆であるというのが僕が経験から得た考えだ。

    明確な事業ドメイン
    事業ドメインとは単に業態を言うのではなく「誰の・どのような困りごとを・何を強みに解決する会社か」の3点を定義することであり、事業ドメインが決まれば下位の戦略戦術は全て自動的に決まるというのが海老根の考えだった。
    文中にあるとおり、彼はオプトの事業ドメインを「ネット広告に主にダイレクトレスポンスを求める企業の・広告の投資対効果を高めたいがやりかたがわからないという困りごとを・独自の効果測定システムを強みに解決する会社」と定義した(これは表現を変えると「広告効果を数値化して、効果が曖昧で不明確なまま広告を出し続けることから企業を解放する」というミッションにもなる)。
    その結果、以下のような戦略戦術が「自動的に」実にすらすらと決まっていった。

    営業先: ネット広告に主にダイレクトレスポンスを求める企業のみ。
    営業手法: 初回は必ず効果測定システムの導入を提案。
    トレーニング: まず効果測定システムのロープレを徹底。
    採用: 広告業界の慣習にないことを始めるのだから広告業界経験者は特に募集せず、若さとポテンシャルのみ重視。
    重点商品: CPA(キーとなる広告効果指標)が優れた広告メディアを優先的に仕入&販売。

    事業ドメインを定義することによって、僕たちは自分たちが何者であるかという強いメッセージと、スピードを手に入れたのだ。

    トップのハンズオン
    海老根は会社の代表であると同時に、事業責任者でありネット広告マンだった。
    特に営業には力を入れていて、最初の1〜2年は顧客との重要なミーティングにほとんど出ていたように記憶している。
    会社のトップが事業のトップでもあることは当たり前のようだが、実はベンチャーでもトップの下に複数の事業責任者がいる会社は多い。
    トップが責任者に丸投げして成果が出ないとすぐハシゴを外してしまうのでは、同じ事業でも結果は全く異なると思う。
    サイバーエージェントのAmeba事業が成功したのは複数の要因があると思うが(僕はAmeba事業をシニカルに見ていたことを白状しなければならない)、藤田社長自身が事業責任者であったことは最大かつ外せない要因ではないか。

    ・・・これらの方針の決定にあたって、僕が果たした役割も大きかったと言いたいところだが、残念ながら事実は違う。
    フォーカスも事業ドメインも、基本的には海老根が一人で決めた。
    以来僕は、会社のミッションとビジョン、そして事業ドメインを決めるのは経営者の義務であり、権利でもあると思っている。

    お察しのとおり、その権利を自分でも行使してみたかったということも、僕がイルカを始めた理由の一つだ。

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    海老根を美化しているような気がしなくもない。
    バランスをとるために書いておくと、彼は立ち飲み屋をこよなく愛し、泥酔して多摩川河川敷の草むらで目覚めたり、カバン・財布など所持品一式をなくしたりする破綻者である。

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    写真は安曇野のアカマツ林。


    2011年6月22日水曜日

    太陽光発電は好きですか?


    太陽光発電は好きですか?
    僕は好きです。

    どれくらい好きかというと、総発電能力3.7kWという個人宅としては割と大きい部類の太陽光発電パネルを自宅に導入しているくらい好きです(また、発電以外にもパッシブソーラーという太陽熱を利用した空調補助システムも入れています)。

    そんな僕ですが、孫正義ソフトバンク社長と菅直人首相が、これほどまでに太陽光発電が好きな理由が理解できません。

    6月某日、晴れているときの自宅の発電状況です。
    2.4kW、すなわち2400W発電してますよ、ということですね。
    僕は冷房をほとんど使わないので、夏でも支障なく生活できる発電量です。



    日が陰って1.7kWに落ちました。



    こちらは曇りで夕方近くのとき。0.1kW。
    冷蔵庫も動かせません。



    日本における太陽光発電の稼働率は12%、つまり一日24時間のうち3時間弱しか発電してくれない計算ですが、発電中も電力が大きく変動するのがわかります。

    発電量が必要電力を下回ればブレーカーが落ちてしまいますし、そもそもこんなに電力が変動すると電気機器が壊れかねません。どうするのか?

    そうならないよう「パワーコンディショナー」という機械が活躍してくれます。

    例えば1000Wの電力が必要なのに太陽光からの供給が300Wしかなくなったとすると、パワーコンディショナーが瞬時に不足分の700Wを東京電力が供給している電力から引っ張って1000Wにした上で家の中に流すわけです(逆に必要電力1000Wに対して太陽光が1200W発電していたら、余りの200Wは電力会社に流して買い取ってもらいます。これが「余剰電力買取制度」です)。

    では、東京電力が停電になったらどうなるのでしょう?

    太陽光発電からの電力供給は自動停止します。
    電力会社の電力がないと、家の中に流す電力を安定させることができないからです。

    僕が自宅に入れている三菱電機の太陽光発電システムの注意書きから抜粋してみましょう。


    停電した場合、太陽光発電システムの運転は自動的に停止しますが、パワーコンディショナ本体にある『運転切換スイッチ』を自立運転に切り換えることで、パワーコンディショナ本体にあるコンセントより発電した電力をご使用することができます。

    <重要>パワーコンディショナから供給される電力は、日射量により出力が変動するため不安定な電力となります。よって、電力供給の変動により、損傷する恐れのある機器や使用上問題がある機器(バッテリーのないPC・メモリー機能のある機器等)への接続はしないようにしてください。

    <警告:特に生命に関わる機器への接続は、厳禁とします。>



    太陽光発電だけになると不安定な電力で機器を壊したり場合によっては生命に関わる危険性があるので、メーカーとしては責任とれないから自動停止するよと。
    使いたければ自己責任でコンセントにつなぎ直して電力使ってくれよと。

    disってるわけでもなんでもなく、太陽光発電とは(風力も同じですが)こういうものなのです。
    こういうもの、というのは、無尽蔵かつクリーンなすばらしいエネルギーですが、最大発電量と同じだけのバックアップ電力がないと実用に耐えない、ということです。

    太陽光発電の普及が進み、東京電力管内の夏の最大電力5500万kWのうち、3割強にあたる2000万kWが太陽光で発電できるようになったとしましょう。
    実にすばらしい。
    ところがこの2000万kWは、曇ったり雨が降るとゼロ近くに、そしてもちろん日が沈むと完全にゼロになってしまいます。
    従って東京電力は、太陽光で最大2000万kW発電できるようになったとしても、いつでも2000万kW発電できるだけの別の手段を確保しておかなければなりません。
    それはつまるところ原子力か火力です。現時点では「いつでも安定して」発電できる手段は、僕が知るかぎり原子力か火力しかないからです。

    橋下府知事は関西電力に「原発をやめて太陽光など自然エネルギーにシフトすべき」と言っていますが、関電は原発で5割の電力を賄っていますから、もし本当に原発をやめるなら、太陽光を増やすだけでなく、「節電で総電力を2割減らした上で、火力の発電容量を3割増やす」というようなことをしなければなりません。
    太陽光を増やすだけで脱原発が実現できるかのように言うのは明らかなミスリードです。

    もう一つ、菅首相が孫社長の強力な後押しを受けて「固定価格全量買取制度」法案を成立させようとしています。
    自然エネルギーで発電した電力を全て(余った電力ではなく発電した電力を全て)固定価格で電力会社に買い取らせるという法律です。

    これは考えてみるとすごい制度です。
    ソフトバンクは太陽光発電事業を始めるようですが、この制度があれば、普通の商売と違って営業活動が一切必要ありません。電力会社が「全量」買い取ることが義務付けられますから。
    また、普通は競争相手の出現や大口顧客の要求などで値下げ圧力がかかりますが、その心配もありません。「固定価格」ですから。

    まあ太陽光パネルの普及は進むでしょうが、同じ制度を導入して太陽光パネルの設置が増えたドイツとスペインでも太陽光発電の割合はそれぞれ2%と3%にとどまっていることは留意すべきです。
    また、読んでいただいてわかるとおり、エネルギー政策というのは、それぞれメリットデメリットある発電方法をどう組み合わせるかというポートフォリオの問題ですが、孫社長が口にするのは太陽光のことばかりです。
    諸外国では太陽光より風力の方が活用が進んでおり、ドイツでは総電力の8%、スペインでは同20%にまでなっているにも関わらず、です。

    ちなみに法案の買取価格は、太陽光発電が1kWhあたり40円台、その他の自然エネルギー発電が同15-20円という話で進んでいるようです。
    おや、太陽光だけ買取価格が高いんですね。

    ここで冒頭の問いに戻ります。
    孫社長と菅首相はなぜこれほどまでに太陽光が好きなのか?

    孫社長はポジショントーク、菅首相は孫さん人気にあやかろうとしているだけと感じてしまう僕は、ひねくれているのでしょうか。
    もっとも、お二方ともご自宅に太陽光発電を入れてなくて実態を知らない、という可能性もありますがw

    --
    橋下府知事は「原発を動かさなくて済むように冷房を止めよう」と言い始めました。「冷房か原発か」というアジェンダ設定は、火力増加の視点が欠けているものの、議論しやすくて良いですね。

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    冒頭の写真はアイスランド南海岸沿いにて。教会がポツンと。アイスランドの写真は3月に行ったのを小出しにしてきたんだけど、さすがに暑くなって違和感出てきたw


    2011年6月17日金曜日

    穴掘り拷問と企業経営


    世の中でもっともきつい拷問は「穴掘り拷問」らしい。
    囚人に一日中大きな穴を掘らせ、次の日にはその穴を埋めさせ、また次の日には穴を掘らせ・・・以下繰り返す、というもの。
    ナチスの強制収容所だか旧ソ連時代のシベリアだかで(要はロクでもない時代のロクでもない場所ということ)流行ったらしいが、1週間もするとどんなに屈強な囚人も音を上げ、発狂する者も少なくなかったという。

    目的のない作業の繰り返しは人を疲弊させ、やがて狂わせるということだ。

    スターバックス再生物語」を読んでいて、スタバが拡大一辺倒の時期に、一人の社員が「我々は走り続けている。だが何のために走っているのかわからない」と漏らすシーンがあった。
    会社全体が、目的を見失って穴掘り拷問をしていたのだ。

    以下は僕のささやかな経験から。

    「穴のサイズ」は目的にはなりえない。
    「20XX年に売上高◯億円・営業利益◯億円をめざす」→「深さ5メートルの穴を掘る」と言っているだけだ。

    「穴の大きさの順位」も同じだ。
    「世界一の△△をめざす」→「隣の収容所より大きい穴を掘る」と言っているに過ぎない。

    いずれも多少は競争心を刺激する効果はあるかもしれないが、人の心に芯から火をつけることはない。

    人の心に火をつけるのは、「事業を通じて世の中にどのようなインパクトを与えるか」、より具体的には「誰を/何を手段に(強みに)/どのように幸せにするか」という使命感だと思う。

    前職オプトでは退任まで13年間、総じて幸せで楽しい時間を過ごしたけど、とりわけエキサイティングだったのは2001年から2004年だった。
    僕の在籍期間中では、会社としての使命が最も明確だった時期だったからだ。

    2001年に独自の効果測定システムを世に出し、広告効果を全て数値化して顧客(広告主)と共有することを始めた。
    当時としては画期的であるかわりにタブーに近く、各方面からバッシングも受けたけど、顧客には一円たりともムダな広告費を使わせないという自負があった。
    あいつらはCPAしか語れないとか、あいつらのせいでメディアが育たないとか当時から、そして未だにdisられ続けているけどw、まあそれくらいインパクトがあったし、何より顧客の支持は絶大だった。
    その結果として業績は毎年倍々で伸び(市場全体も伸びていたが、市場平均をゆうに上回って成長した)、2004年には上場をはたした。

    以来、使命(=穴を掘る目的)は企業の全てを決めるというのが僕の信条です。

    株式会社イルカはまずは早く製品を世に出すのがさしあたっての課題だけど、発売していきなりヒットしたとしてもw「いつも自転車と共に行動するライフスタイルを広めること」を通じて「自転車で人と地球をハッピーにする」という使命を忘れずに経営にあたろう、なんてことを雨の午後にスタバで「スターバックス再生物語」を読んで思いました。

    はい、まずは発売ですよね。わかってますわかってますってw

    --
    実は「スターバックス再生物語」はあんまり面白くない。

    --
    写真はレイキャビクのショッピングモールにて。テレタビーズが好きなのだ。毎度のことながら本文とは関係ない。


    2011年6月10日金曜日

    冷やし中華、もとい、キャリア始めました


    iruka本体は前回も書いたとおり試作第三弾のデータ作成中ですが、irukaプロジェクトとしては自転車以外にバッグとキャリアの類も並行して開発中です。

    バッグもキャリアもirukaに最適化しつつ、他の主だった折りたたみ小径自転車でも使えるようにします。
    irukaのミッションは「自転車で人と地球をよりハッピーにする」、そのために「いつも自転車と共に行動するライフスタイル」を広めたい。
    一番良いのはiruka自転車を買ってくれることだけど、人によってはBD-1やブロンプトンの方が好きだって人がいるのも理解している。
    そんな人もirukaブランドのバッグやキャリアを使って折りたたみ自転車のライフスタイルをより楽しんでくれたらいいな、と。

    僕が思うに、普通のリアキャリアや前カゴはエレガントではないんですよね。
    必要ないときもそこに常にくっついているから。

    かといって、デイパックやメッセンジャーバッグを背負うのも肩がこるし暑い。
    リクセンカウルのように取り外し可能なバッグもありますが、自転車本体にアタッチメントをつける必要があるしバッグが限定されるのがいただけない。

    一番良いのは普段自分が使っているデイパックやバッグ類を自転車に装着して走れることだと思っていて、そのために脱着可能で折りたたんで持ち運べるキャリアを開発中なのです。

    自分でオリジナルの自転車アウトドア製品のブランドも持っているデザイナーの角南さんが木材などで作った原理試作を持って静岡は御殿場駅に降り立つの図。
    (現物は例によってまだお見せできません。すみません)



    なぜ御殿場かというと、自転車フレームも作っている老舗のアルミ加工会社に試作できないか連絡してみたところ、ぜひにと言っていただいたため。

    富士裾野の森の中の工場には所狭しと様々な機械群が鎮座ましましています。
    日本のものづくりの伝統を体現するマエストロ社長が、うれしそうに一つ一つ使い方を説明してくれました。







    この日Twitterで「今日は工場に行きます」とつぶやいたところ「工場好きです」とか「私も行きたい」とか、どこに隠れてるのか工場萌えな人たちがいっぱい釣れて驚いたw

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    冒頭の写真はレイキャビクのスーパーにて。旅先で市場やスーパーに行くのが好き。